■素の暮らし3月 文楽 人形遣い 三世 桐竹 勘十郎 さん

今月のエキスパート   三世 桐竹 勘十郎さんインタビュー

人形と生きる一日

江戸時代から続く伝統芸能の人形浄瑠璃“文楽”に入門してから五十年。父の名を継いで三世 桐竹勘十郎を襲名しました。
文楽は人間の心情を表現しますので、人間が好きだからこそ、文楽が好き、人形が好き。好きであることが人形遣いが続いている理由だと思います。
仕事はなんでもそう。好きだと苦しいことが乗り越えられるような気がします。好きの度合いが芸を左右しますので、度合いが高ければ高いほど人形もよく動くように思います。

人形遣いは口では教えにくい芸ですから、日々修行するしかない。舞台にどんどん出て、失敗をしながら経験を積み重ねる。名人、上手と呼ばれるようになった人形遣いの先人たちが、果たして人より器用だったり、最初から何でもできたかいえば、そうではないだろうと思う。
人形と生きる何十年もの時間が、自分を作って成長をさせてくれている。それを心において一日をスタートさせています。

手を使って何かすることの大事
日本人だから受け継がれてきた文楽

作り手と話をすることと同じ人形遣いは手を使って何かを表現する仕事です。私の一日は朝目覚めたら全ての指が動くか、手が動くか確かめることから始まります。舞台にでていない時も、人形を拵えたり、舞台でかぶる黒頭巾の黒の麻布を買ってきて、自分で手作りをする。人形遣いにとって、手仕事はつねに舞台と繋がっています。

日本人は手先が世界一器用と言われていますので、できるだけ使わないともったいないと思います。人形遣いは女方(女の人形)の細やかな動きを遣うとき、左手はミリ単位の指の感覚で操作します。
毎日人形を遣っているとある瞬間、今まで何十年もできなかった指の動きができることがあります。何かの拍子に自転車に乗れるようになるのと同じで、一回できると次から考えなくても必ずできる。

先代の人形遣いだった父、二世 桐竹勘十郎にも“人形を動かせ、限界を覚えるためにめいっぱい動かしてみろ”とよく言われていました。人形を動かすことは人形に命を吹き込むことであり、人形を動くようにするのは、人形が動くための、手による工夫が大切だ、ということを戒めとしています。
文楽の三大名作といわれる演目に『菅原伝授手習鑑』があります。学問の神様としてお祀りされる菅原道真公を主人公にした物語ですが、その中に“一日に一字学べば一年に三百六十字覚えられる”ということを伝えるくだりがある(物語が書かれた江戸時代中期には旧暦で一年が三百六十日だった)。
字を書くことは手を動かすことであり、六十歳を過ぎた今でも、手を動かすための習慣として“一日に一字学べば”を心掛け毎日書く事を続けています。

文楽を唯一無二にしているのが三人遣い。
一体の人形を主遣いが中心となり、左遣い、足遣いと呼ばれる三人が“あ・うんの呼吸”で息を合わせて遣う。いつも決まった相手と組むわけではなく力量も経験も違う三人がその都度チームとなるのが特徴です。
フランスで文楽の三人遣いを伝えたことがありますが、技術は伝わっても“あ・うんの呼吸”がどうしても伝わらない。三人がちょうどよい役どころとなる“あ・うんの呼吸”は、日本人であるからこそできることであり、だからこそ文楽は三百年以上受け継がれているのだと感じます。

歌舞伎にも大きな影響を与えた文楽は太夫・三味線が人形遣いと一体となる総合芸術です。人形遣いは人形のかしらを作る人形師さん、髪を結う床山さん、などの職人がいて成立し、何が欠けても成立しません。今後たずさわる若手に継いでいけるよう、大事に育てたいと思っています。


文楽 人形遣い 三世 桐竹 勘十郎 さん プロフィール
昭和二十八年、大阪生まれ。人形浄瑠璃“文楽”の人形遣い。父は人間国宝 二世桐竹勘十郎。四十二年、後に人間国宝となる三代目吉田簑助に入門、吉田簑太郎を名乗る。平成十五年三世 桐竹勘十郎を襲名。芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章、日本芸術院賞など受賞多数。国立文楽劇場、国立劇場での定期公演の他、NHKEテレ“にほんごであそぼ”に出演、国内外で活躍中。

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