なぜ大坂で昆布文化が根付いたのか?

遠く北の北海道で水揚げされる昆布が、大阪の名産品になりえたのは、近世の海路を利用した流通網にあります。近世大坂は「天下の台所」と呼ばれ全国物資の集散地であり、特権商人の経済活動の中心地でした。「出船千艘・入船千艘」と称され、大坂の富の70%は海上の船中にあり、海上を軸とした流通網で物資が大坂に運び込まれました。


海運の発展には大商人・河村瑞賢(かわむら ずいけん)が大きく貢献しています。河村瑞賢は西廻り航路・東廻り航路を改良・整備し、西廻り航路は松前〜大坂を結ぶ航路で北前船とも呼ばれ、これにより昆布が大坂に大量に運ばれ昆布の加工品が大坂の名物になっていきました。なお、北前船で大坂に入った昆布は、薩摩を経て沖縄経由で中国(清)にまで運ばれ、この壮大な海上ルートは「昆布ロード」と呼ばれました。

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