今月のエキスパート 高橋 拓児さんインタビュー
新しい日本の食文化を
私は料理人として日本の食文化を進化させることが使命だと思っています。料理だけでなく器、テーブルセッティング、部屋のしつらえ、全てのバランスが取れることで進化すると考えます。だからこそ、それぞれのプロフェッショナルとの連携が必要で、そこには教養が不可欠です。文化、伝統芸能から科学的な要素まで幅広く学び、本質的な部分を理解することで料理もさらに洗練され上質なものへとつながります。また、素材あるがままを 一 番大事にし、素材を活かす料理を追求しています。フランス料理など他国の料理やワイン等を学ぶことで日本料理の新しい素材の活かし方を発見することができます。いつの時代も料理人の誉れは“これまでに誰も食べたことがない料理をつくること”。様々な側面を総合的にみることで、先人が作り得なかった料理や概念を生み出し、新しい日本の食文化を作っていくと信じています。
季節にあうくらし向き
経験値がつくる“食の文化度”
食べるものを美しいと感じたり楽しむことができるのは人間だけに与えられた能力で、これは文化ともいえます。“食の文化度”という言葉がありますが、これは経験値が大切です。白い雲の風景の中に平安神宮があるとします。平安神宮のそばに赤い紅葉があれば、秋の雲という印象が頭の中に入ります。それが文化なんだと思います。同じ雲、物体をみてもいろいろな環境で見る、感じることによって、あの色は秋空とかあの形は秋の雲などの風情を体験し経験値となる。それが食に結びついていきます。そうすると日々使っている器やランチョンマットなど“秋だからこの色の陶器に”“真夏になると暑いから涼しさを演出する麻をテーブルに”などに変わっていく。それは季節と自然の対比を経験として見ているからこそ生活の中にでてくるのだと思います。
経験は、歴史的な建造物をまわったり、伝統芸能を楽しんだり、お茶や、お花を活けるなどから身についてきます。それは、歴史を学んでいるようなものだからなんですね。所作はもちろん風情などを集合体として経験を圧縮して勉強できるといいますか、本来であれば何百年かけても勉強できないことがあります。それを積み重ねて作りあげられたものが伝統文化。その伝統文化を経験することで自分だけの人生では気が付かないであろうことを五年や十年など短期間で勉強でき、ものの見方が身についてくる。時間軸を超えて得られる、すごい効果だと思います。
食材も季節感が大事で、お出汁は色の変化で季節を表します。夏場は着物と同じように薄い色がきれいですから、そばつゆも薄い色がとても合います。夏仕様は薄く、冬は濃い色に、そばの出汁だけで季節が感じられます。これも合理性があって、塩分が必要な夏だから薄口に、タンパク源を必要な冬だから体を温める為に濃口になる。素材単体で見るのではなく、季節を反映させていくと自然に、料理自体も変化していきます。そういった暮らし向きが 一番きれいだと思います。料理というのは視覚が七〇%以上を占めているとも言われています。見た目の印象によって食べたい、食べたくないを判断する為です。例えるなら、夏場にがっつりと肉がお皿に盛られているだけだと見た目からしんどいけれども、たっぷりの大根おろしときれいな色のわさびがお肉に添えてあったら、それだけで美味しそうに感じられます。季節に応じた仕掛けは、とてもシンプルで大切なものだと思います。
京料理 木乃婦 三代目 高橋 拓児 さん プロフィール
NPO法人日本料理アカデミー海外事業副委員長。大学卒業後、東京吉兆で修業後、京都で八十年続く料理屋 木乃婦の三代目主人となる。フランス料理や理論的な料理技術を駆使する新スタイルの日本料理に取り組み、ソムリエの資格も持つ。NHK”きょうの料理“講師。京都大学大学院農学研究修士課程 修了。”美味しさ“の研究に取り組む。