今月のエキスパート 内海 英華さんインタビュー
芸は人となり 日々がつくる芸
芸を極めた方、皆さんが言われることは“芸は人となり”です。我々の世界はもちろん、役者さんや音楽家でもおっしゃられること。年を重ねると今までに積み重ねてきたことや心の持ち方が全て芸に出る、ということが分かってくるんですね。言うなれば日々はその人の隠し味みたいなもの。私は芸に容赦のない師匠方に巡り会えたおかげで、芸事はもちろん、お箸のあげおろしの所作や心配りまで日々教わりました。朝起きて、お稽古して頂いて、芸をして、そんな毎日。中学生のころから目指した芸の道を一心にやっております。おかげさまで今では唯一の“女道楽”を継承し舞台で務めさせていただいております。舞台の上でも日々の生活の中でも自分をしっかり持ってやるということが芸では一番大事だと思っています。お客さんにもっと喜んでもらう、もっと楽しんでもらう事を目指し、日々芸と向き合っております。
芸につながる質実な暮らし
命を吹き込む芸の真髄
芸人というと、舞台での見た目は華やかだけれども、暮らし自体は飾り気がなく質実なものだと思います。住まいも食事も本当の姿を見極めることで素のままの価値を大事にしています。なんでも大事にして丁寧に扱って、もちろんお行儀も。身綺麗にはしているけど、そんなに派手ではない。例えば江戸時代に粋とされ流行したシンプルな縞模様は、着物や羽織として歌舞伎役者にも好まれ、浮世絵にも数多く描かれています。芸人は生き方自体が素のままなんですね。素のままだからこそ、視野が広くなり興味の幅が増えていき、芸事の幅も広くなっていくんだと思います。舞台では三味線一筋ですが、趣味としてトロンボーンをお稽古しています。二十二歳で三味線に巡り逢って、何十年も和ものを演奏していると、洋ものにものすごく憧れるようになったんですね。
出逢いはあるジャズフェスティバルで司会をさせて頂いた時。アロージャズオーケストラのリーダー宗清洋さん(当時はコンサートマスター)の音楽に聴き惚れてファンになりました。CD買い集めて、自分でベストセレクションを作るほど好きになって。なんともいえない深い波動がある音なんでしょうか。本当に忙しい日々の中で神経が張りつめてなかなか眠れなかった時に、聞きながら眠れるくらい気持ちが落ち着いたんです。楽器ってこんなに人間に影響を与えることもあるんだなぁと、改めて気づく事ができ、三味線で心が穏やかになるような演奏をしたい、と改めて思うようになりました。私の暮らしの中心は三味線です。舞台に立っていなくても、三味線を弾く毎日で、家でもいつでも好きな時に弾けるように常に側に置いています。
お稽古や練習が好きではない私は、“覚えると忘れるけれども身体につけたら忘れないでしょう”という教えの元、身体が自然に覚えるまで、三味線を弾いています。例えるなら自転車や泳ぐことと同じですね。芸事も日々の心遣いも、何事も出来ることが当たり前というのが私たち芸人の世界です。“芸によって命を吹き込む”ということが私たちの役割ですから。物を大事にすることがお客さんを大事にし、それが芸を大事にすることに繋がる。師匠方に教えていただく全ての集約がこのことなのではないでしょうか。全ては基本、もとい、素に戻って行くんですね。鮭が川に戻るように。素に立ち返ることが、暮らしの中で自分の居心地良さを作っていくのだと思います。
女道楽 内海 英華 さん プロフィール
数少ない上方寄席囃子。長らく途絶えていた女道楽[都々逸、端唄、小唄、漫談、踊りなどの様々な芸を舞台の上で披露する寄席芸のひとつ]の復活を試み「英華流女道楽」を確立。現在、大阪で唯一の女道楽として舞台や落語会で大活躍中。平成五年度(第十一回)大阪市「咲くやこの花賞」、平成二十四年度(第六十七回)文化庁芸術祭大賞受賞。