今月のエキスパート 喜多 俊之さんインタビュー
デザインも料理も心から文化へ
私はデザインする事と料理する事はとても似ている、と思います。素材はもちろん、技を駆使して、どうすれば人に喜んでもらえるかという気配りや思いやりのある“ものづくりの精神”が共通しているからです。ものづくりは全て素材と技そして心があってはじめて成立します。それは伝統産業の職人とものづくりをする中で学びました。職人のものづくりは、素材の吟味にはじまり磨かれた技を用いて心を込めるまでが完全にひとつになっている。そういうシンプルさにこそ真理があるから継承されて文化という価値になるんですね。私はデザインする時はいつも普通の暮らしを素敵にするという心を込めて“ものづくり”をしていますし、今書いているスケッチにも心を込めて書いています。ほんものを見抜く力はこんなところでも見逃せませんから。それはとても大切でシンプルな価値だと考えています。
会話を主役にしたシンプルな暮らし
イタリアの魅力と日本の原点
イタリアを初めて旅した時に、イタリア人の楽しそうな暮らしぶりや小さな路地に入ってもそれぞれの家庭のこだわりを感じる風景に心から魅せられました。その魅力の理由を見ないと帰れない、と思いミラノで生活をはじめたのがきっかけで、日本とイタリアを往復する生活が四十年以上も続いています。イタリアでは家が人を招いたり招かれたりするサロン、人と人が交流する基本の場所になっています。だからイタリアの人々は家の中や食事を楽しめるように工夫するし、工夫を自慢したいから人を招く。そんな毎日が生活を豊かにしていると気付いたのです。日本にも昔は素敵な暮らしがありましたが最近は家やマンションでそういった大切な場所が失われつつあります。
太古の住居である竪穴式住居の真ん中には囲炉裏があって、そこで食事はもちろんですが家族やいろんな人が集まって暖をとったり。その空間の主役は“会話”だったのだと思います。“会話”を主役にした住まいでは、人が集まるためのしつらえなどの住環境を整えたり、おいしい料理でもてなしたりと暮しに対する意識が高まります。イタリアの友人と食事をした時に、日本で食べたパスタがとても美味しいじゃないか!と言われたことがあります。料理はもちろん、暮らしへの意識から会話も弾み美味しいと感じたのでしょう。そういった意識を持つ生活が、これからの文化を創り産業経済の発展へも繋がると考えています。
日本人には元々、暮らしを楽しむ感性が備わっています。例えば木の枝一本をとっても日本のお茶の世界では、これは景色がいい、といって床の間に飾ります。海外でも注目されている南部鉄器は、お茶をおいしく飲む本質を追求し、ちょうどいいあたたかさの温度に保つ一番の素材である鋳物で出来ています。そしてなんと言っても日本は自然に恵まれています。だからこそ素材がよく、シンプルを追い求めた美味しい料理を楽しめます。世界のあらゆる料理の中でも和食は究極の引き算だと言われます。その引き算が生み出す“素”が日本独自の文化なんです。素を極め、そして極みを継承しながらも新しくしつづける気質だからこそできた日本が誇るべきものづくり文化、それが和食です。本質を極める力や素材の良さ、そして素なる文化という土壌、それが日本の素晴らしい原点。原点に立ち返ればおのずと衣食住すべてがより豊かなものになると信じています。
プロダクトデザイナー 喜多 俊之 さん プロフィール
昭和四十四年よりイタリアと日本でデザインの制作活動を始める。イタリアやドイツ、日本のメーカーから、液晶テレビなどの家電・ロボット・家庭日用品に至るまでのデザインで、多くのヒット製品を生む。平成23年、イタリアでデザイナー個人に送られる最高賞「ADI黄金コンパッソ賞(国際功労賞)」を受賞。