■第2弾「だし対談」大引伸昭・湯川徳之×小山鐘平

1 出汁とは

昆布出汁は万能の出汁である。


大引 出汁は、日本料理にとって、すべての料理の土台となるものです。江戸時代の大阪は「天下の台所」と呼ばれた通り、あらゆる集積地であり、食材にも恵まれていました。蝦夷(北海道)から昆布が、紀州と土佐から鰹節が集まり、「昆布と鰹が交わる地」だったのです。
商人の町でしたので、食を追求する人の気質やそれを可能にする財力があり、新鮮で豊富な食材を生かす出汁の文化が発展したのも納得できます。

小山 海外の方は日本料理=京都のイメージが強くなっているように思います。観光局によると外国人客が使う外食代が世界の都市と比較すると大阪は特に低いようです。大阪は粉もんで安さが売りの一つになっていますが、他にも美味しい食がある事を発信していきたいですね。

大引 もともと京都は、大阪に比べると手に入る食材が限られており、歴史と伝統が育んだ技術により、食材を美味しく、繊細に調理するという、いわば工夫料理が特徴ともいわれました。
対して大阪は、新鮮な食材が豊富に揃う場所だったので、手をかけずとも美味しい料理を合理的に生み出していたのです。これらを「大阪は食い味、京都は持ち味」と表現する人もおり、そのような文化的土壌は今も根づいています。

小山 最近では関東も鰹節だけでなく、昆布出汁を使っている店が増えてきています。世界の出汁・スープと日本の出汁を比較してはいかがでしょうか。

大引 海外の出汁は香りも大切ですが、コクを追求しているように私は思います。日本の出汁はコクと香りともに大切に考えます。西洋、中国料理は調理場で肉や魚など素材を長時間煮込んで出汁を取りますが、日本の出汁は数十分と短時間です。

小山 その分、昆布と鰹節は料理屋に届くまで加工に時間がかかっていますからね。うま味は植物性と動物性に分かれますが、昆布だしのように植物性のうま味が基本になっている料理は世界的に珍しいです。植物性と動物性を合わせると相乗効果でよりうま味が増しますが、日本はその技術をうまく進化させてきた。それは日本が魚食であったのも影響していると思います。
特に白身魚は淡白ですから、植物性の昆布のうま味を合せることでよりおいしくなる。牛肉はもうそれだけで十二分に美味しいですから。また昆布は植物性のうま味の中でも干椎茸のように味が表に出ません。そのため動物性の美味しさを陰で引き立ててくれます。昆布が美味しい!とはならないけれど、昆布出汁がないと美味しくない。

大引 西洋料理の出汁はフォンドヴォーやクールブイヨンなど食材それぞれから取った出汁に名前をつけて、料理によって使い分けます。そう考えると、日本料理において昆布はどんな出汁にも外せない。万能ですよね。


2 生徒に伝えたい事

出汁を引くことは、美味しさを知ること。


小山 辻調さんで日本料理の出汁の授業を大きく変えたとお聞きしました。その変革の中で当社と繋がりが出来ました。2020年から新たな授業をスタートさせるんですよね? それにはどのような意図があるのでしょうか?

大引 教育内容を磨く中で、2016年から「美味しさの本質」というキーワードが前に出てきました。それまでは、美味しい料理を作る手法と高い技術を教えることを主とし、自負するところでしたが、そもそも「なぜ美味しいと感じるのか?」を教えきれていなかったからです。本質を掴むことで、料理人としての根幹を強化することを意図しています。そこで新たに「美味しさ」に焦点を当てた授業を、2020年の4月からスタートさせます。

小山 私も2014年から毎年辻調さんの日本料理で、出汁の基礎を学ぶ特別授業をさせて頂いています。生徒さんに30種類ほどの様々な出汁の試飲をしてもらいます。昆布出汁と一口に言っても、産地や種類、天然と養殖で味が違う事、鰹節の種類や厚み、だしの取り方を変えるだけでも様々な味が生まれる事を楽しんでもらえたら、と思っています。昆布で言うと利尻昆布と真昆布は飲み比べると互いに特徴が違い面白い。それこそが日本の食の豊かさを象徴していると思います。

大引 授業では大阪の地に合った真昆布を使って生徒に出汁を引かせています。生徒が卒業して自分の進路先で、その土地や店に合った好みの出汁を引いてほしいと思っています。

小山 私が調理学校に通っていたころは、出汁は先生が事前に準備していました。

大引 確かに昔はそうでした。でも、今は基本的に生徒に引かせます。お手本として引くのは最初の授業だけですね。僕らが引いた出汁を飲ませて「これがこの1年間みんなに引いてもらう出汁だよ」と。実技で生徒が引いた出汁を、毎回味見をさせて意見を出させ、改善の課題を出しています。出汁がしっかりしていないと、料理も作れませんからね。出汁はどうやって引いたら美味しくなるかという、出汁を引く工程にエビデンスをつけて教えないといけない時代になっています。

小山 確かに一番出汁は昆布と鰹節と水だけのシンプルな料理と思えば、毎日の出汁の違いが分かれば料理のレベルが上がりますね。昔は「料理人は店に入ったら出汁の味は親方が全部決めるもの。それにとやかく言うな。出汁なんか考える必要ない」という風潮があったように思います。

大引 現場に出ると、その考えも正しいんです。むしろその店の味を作るには絶対そうでないとダメです。店には店の味がある。この現実に、学生は最初戸惑うかもしれません。すべての店ではありませんが、お願いしたいのは弟子や部下が「何でこうするんですか?」と質問した時、「昔からこうやねん」という説明はあまり時代にそぐわないということ。いくら料理人としての腕が良くても、その理屈を伝えるすべを持たなければ、人材育成が出来ませんし、自らの成長にもならず、互いに不幸になりますから。私たちの教える場でも、料理の教え方を大きく変えています。


3 共同研究

出汁にもワインのような評価基準を作りたい。


湯川 小山さんとの繋がりは、三重大学と本校とが、昆布出汁の香りについて研究し始めた事がきっかけでした。香りを掘り下げようとする中で、「雑味とは何か?」という問題が立ちふさがり、そこで専門家である小山さんにお声をかけたのです。研究も大きく進み、非常に感謝しております。それだけに留まらず、昆布出汁を引く温度帯や時間、昆布の硬さ、切り方によって出汁の味が変わるのではないか、という研究もしています。単純に昆布と水だけなのに、研究をしていくと奥が深くて。料理人の中では常識の「昆布は60℃」という事や、タブーとされている「沸騰した湯に昆布は本当にダメなのか」を科学的に解明しようとしています。

小山 あわせて出汁の官能評価の基準表もソムリエの若林英司さんにもご協力頂きながら進行中ですが、完成させたいですね。

湯川 はい、美味しさにスポットを当てる面においても、その表は必要ですね。ワインには評価基準がありますが、出汁には評価基準が今はありません。それが出来れば生徒にもっと分かりやすく美味しさについて伝える授業ができます。

小山 それと並行して、天然出汁の継続摂取が予防医学に貢献できないかという研究も龍谷大学と進めているところです。これも辻調さんとの共同研究から派生したものです。

湯川 出汁の評価をする中で、審査員が確かな味覚を持っているかを知るために校内の学生で味覚のテストをしました。五味(甘味、苦味、酸味、塩味、うま味)の感度は、人によって大きなばらつきがみられました。

小山 私はそれがおもしろいと思い当社でも同じ検査をしました。すると普通の人が明らかに甘いと感じる甘さでも感じにくい人がいました。よく何でも醤油をつけ過ぎる人がいますが、これは舌が塩味に対して鈍感になっているのでしょう。健康診断で視力の検査や聴力の検査はありますが、味覚の検査はありません。赤信号の塩分量を摂取していも本人は気づかない人がいるのです。これは先天的なものではなく食習慣の影響が大きいと思います。その味覚の改善として天然出汁の継続摂取が有効ではないか、という研究をしています。

また人が病みつきになる味は「甘味」「油」「うま味」と言われています。砂糖や油にやみつきになるよりも、昆布と鰹節の天然の一番出汁を飲み続け「うま味」に病みつきになったほうが良いと思います。
天然素材のうま味が美味しいと感じるように、味覚が変われば、食べ物の嗜好も変わるはずです。

湯川 確かに何も知らずに入学してくる学生に出汁の美味しさを知ってもらうには毎日出汁を飲んで経験を積むしかありません。海外の方にも出汁の味が美味しく感じていただくにも時間が必要です。

小山 研究は順調に進んでいます。出汁の可能性や日本料理の価値を技術だけでなく健康価値としても拡がれば嬉しいです。本日はありがとうございました。

湯川 こちらそ、ありがとうございました。

大引伸昭(おおびきのぶあき)

エコール辻 大阪(辻調グループ)副校長/日本料理担当。86年辻調理師専門学校卒業。後進の指導にあたり30年以上のキャリアを持つ。新聞社主催料理教室の講師を務める。テレビ「どっちの料理ショー」出演、テレビや新聞など多数のメディアに協力。現在、毎日新聞「美食地質学入門」にて神戸大学の巽好幸教授と対談連載中。

湯川徳之(ゆがわのりゆき)

エコール辻 大阪(辻調グループ)日本料理担当。94年辻調理師専門学校/95年辻調理技術研究所卒業。学生への指導の傍ら、海外の教育機関へ日本料理の技術・文化の両面から指導に従事。テレビドラマ「みをつくし料理帖」など多数のメディアに協力。現在、「出汁」をテーマに三重大学と共同研究

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